今朝、母に会ってびっくりした。
片目がはれて青じんでいる。
ボクサーの試合後のような顔だ。
わけを聞くと。
笑いながら(片目をはらして、笑う顔は奇妙だ。)、
話してくれた。
甥(母から見れば孫)を抱いていると
おろして欲しかったのか暴れて、
振った甥の頭が目に直撃したとのことだ。
自分も状況で何度か同じように、頭突きされたので納得。
「だれがしたの?」
甥「コウチャン。」
「あやまった?」
甥「ゴメンチャイ。」
聞いて笑った。
頭をぶつけてから、
何度もこのやり取りがあったそうだ。
自分がしたことを認めて謝る孫を、
母は、ゆるさずにはおれなかっただろう。
神様も同じような気持だろうと思った。
Ⅰヨハネ1:9~10
もし、罪はないと言うなら、私たちは自分を欺いており、真理は私たちのうちにありません。
もし、私たちが自分の罪を言い表わすなら、神は真実で正しい方ですから、その罪を赦し、すべての悪から私たちをきよめてくださいます。
私達は、言い訳せずに、
(自分は悪くないと思った時、すでに人は間違っている。そんなものだ。)
まず認めて(認めれば楽なのに、認めれなくて自分の首を絞めることが多々ある。)
悔い改めるべきなのだ。(人は、改めるときに成長がある。)
母に、眼帯をすることをすすめ別れた。
母の顔からか、
なぜか昔、ボクサーの辰吉丈一郎さんが、インタビューで答えた言葉が思い出された。
辰吉VS薬師寺 戦 世紀の一戦だったように思う。
ボクシングに興味のない私が試合を見たのだから、
よほど世間の注目度が高かったように思う。
結果、辰吉さんは、敗北した。
記者「今回の敗因は?」
辰「いやー。あいつの顔が、あんなに堅いとは知らんかったわー。」
うるおぼえではあるが、確かこんなやり取りがあったように思う。ユニークで魅力的な発言だ。
辰吉さんは、有名なハードパンチャー、攻撃力のある選手、
薬師寺さんは、臆病者と言われるほどの防御力の高い選手だ。
試合内容は、何度殴られても、ものともせず、むかっていく薬師寺さんの姿が印象的だった。
この試合から、わかった私の中にインプットされたのは、
勝利をとるためには、攻撃も大事だが防御はもっと重要である。
何かを勝ち得るためには、忍耐する力、持続的な耐久能力(耐え続ける力)が必要であると。
ローマ5:3,4
そればかりではなく、患難さえも喜んでいます。それは、患難が忍耐を生み出し、
忍耐が練られた品性を生み出し、練られた品性が希望を生み出すと知っているからです。
ボクサーの多くは、昔いじめられっ子だった人が多い。
特に良い選手の中には多い。
患難のなかから、忍耐を生みだした結果ではないだろうか。
ルカ 21:19 あなたがたは、忍耐によって、自分のいのちを勝ち取ることができます。
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