2012年12月26日水曜日

水曜礼拝

今日の水曜祈祷会は

ルカ6:36~38から

あわれみ深く

と題してメッセージさせていただきます。



ルカ 6:
36 あなたがたの天の父があわれみ深いように、あなたがたも、あわれみ深くしなさい
37 さばいてはいけません。そうすれば、自分もさばかれません。人を罪に定めてはいけません。そうすれば、自分も罪に定められません。赦しなさい。そうすれば、自分も赦されます。
38 与えなさい。そうすれば、自分も与えられます。人々は量りをよくして、押しつけ、揺すり入れ、あふれるまでにして、ふところに入れてくれるでしょう。あなたがたは、人を量る量りで、自分も量り返してもらうからです。」

2012年12月22日土曜日

日曜礼拝

明日の日曜礼拝は、

マタイ1:23から

インマヌエル

と題してメッセージさせていただきます。


マタイ1:23
「見よ、処女がみごもっている。そして男の子を産む。その名はインマヌエルと呼ばれる。」(訳すと、神は私たちとともにおられる、という意味である。)

2012年12月12日水曜日

水曜礼拝


今日の水曜礼拝は

テトス3:5、6から

ただ神の憐れみのゆえに

と題してメッセージさせていただきます。

テトス3:
5 神は、私たちが行なった義のわざによってではなく、ご自分のあわれみのゆえに、聖霊による、新生と更新との洗いをもって私たちを救ってくださいました。
6 神は、この聖霊を、私たちの救い主なるイエス・キリストによって、私たちに豊かに注いでくださったのです。

2012年12月8日土曜日

日曜礼拝

明日の日曜礼拝は、

創世記22:16~18から

子々孫々の祝福

と題してメッセージさせていただきます。


創世紀22:
16 仰せられた。「これは主の御告げである。わたしは自分にかけて誓う。あなたが、このことをなし、あなたの子、あなたのひとり子を惜しまなかったから、
17 わたしは確かにあなたを大いに祝福し、あなたの子孫を、空の星、海辺の砂のように数多く増し加えよう。そしてあなたの子孫は、その敵の門を勝ち取るであろう。
18 あなたの子孫によって、地のすべての国々は祝福を受けるようになる。あなたがわたしの声に聞き従ったからである。」

2012年11月28日水曜日

水曜祈祷会

今日の水曜祈祷会は、

マルコ10:45から

仕えるため

と題してメッセージさせていただきます。

マルコ10:45
 人の子が来たのも、仕えられるためではなく、かえって仕えるためであり、また、多くの人のための、贖いの代価として、自分のいのちを与えるためなのです。」

2012年11月24日土曜日

日曜礼拝

明日の日曜礼拝は


マルコ5:30~32から


だれがわたしにさわったのか。


と題してメッセージさせていただきます。


マルコ5:
30 イエスも、すぐに、自分のうちから力が外に出て行ったことに気づいて、群衆の中を振り向いて、「だれがわたしの着物にさわったのですか。」と言われた。
31 そこで弟子たちはイエスに言った。「群衆があなたに押し迫っているのをご覧になっていて、それでもだれがわたしにさわったのか。とおっしゃるのですか。」
32 イエスは、それをした人を知ろうとして、見回しておられた。

2012年11月20日火曜日

雲間

私の好きな光景があります。

それは、曇りの日に
雲の間から光が射している
光景を見ると時間を忘れて
吸いこまれるように見てしまいます。

ファイル:Angel's-stairs.jpgイメージ図。

この光景が
ヤコブの階段(天使の階段)と呼ばれたりします。


創世記 28:
10 ヤコブはベエル・シェバを立って、カランへと旅立った。
11 ある所に着いたとき、ちょうど日が沈んだので、そこで一夜を明かすことにした。彼はその所の石の一つを取り、それを枕にして、その場所で横になった。
12 そのうちに、彼は夢を見た。見よ。一つのはしごが地に向けて立てられている。その頂は天に届き、見よ、神の使いたちが、そのはしごを上り下りしている。
13 そして、見よ。主が彼のかたわらに立っておられた。そして仰せられた。「わたしはあなたの父アブラハムの神、イサクの神、主である。わたしはあなたが横たわっているこの地を、あなたとあなたの子孫とに与える。
14 あなたの子孫は地のちりのように多くなり、あなたは、西、東、北、南へと広がり、地上のすべての民族は、あなたとあなたの子孫によって祝福される。
15 見よ。わたしはあなたとともにあり、あなたがどこへ行っても、あなたを守り、あなたをこの地に連れ戻そう。わたしは、あなたに約束したことを成し遂げるまで、決してあなたを捨てない。」
16 ヤコブは眠りからさめて、「まことに主がこの所におられるのに、私はそれを知らなかった。」と言った。
17 彼は恐れおののいて、また言った。「この場所は、なんとおそれおおいことだろう。こここそ神の家にほかならない。ここは天の門だ。」
18 翌朝早く、ヤコブは自分が枕にした石を取り、それを石の柱として立て、その上に油をそそいだ。


この箇所に
荒野を旅して行く末を不安に思う
ヤコブに
その暗闇の中に現れた
神の祝福と約束、守りの
光が注がれた様があります。


先ほど、
車の運転中に見ました。
今日は、少し曇り空で天気が悪かったのですが
高架を上った時に
その光景が
自分の目に飛び込んできました。
(運転中で写真が取れなかったのが残念です。)
濃い雲間からはっきりとした光が射し開いているのを。


 詩篇50:
1 神の神、主は語り、地を呼び寄せられた。日の上る所から沈む所まで。
2 麗しさの窮み、シオンから、神は光を放たれた。
3 われらの神は来て、黙ってはおられない。御前には食い尽くす火があり、その回りには激しいあらしがある。


それだけではなく
鳩の群れがその周りを
何度も旋回しており
映画のワンシーンようだった。
(写真に撮れなかったのを後悔します。)


マタイ 3:
16 こうして、イエスはバプテスマを受けて、すぐに水から上がられた。すると、天が開け、神の御霊が鳩のように下って、自分の上に来られるのをご覧になった。
17 また、天からこう告げる声が聞こえた。「これは、わたしの愛する子、わたしはこれを喜ぶ。」


聖書の中で
鳩は、聖霊をあらわします。
また、それは良い知らせを導きます。
(ノアの洪水の終わりを知らせる。)

その光景を見ながら
こう思いました。
光はずっと照り続けているんだ。
雲は、
光を消すことはできない。
ただ、邪魔し遮るだけだ。
そして、
それをされるのは私があまりにも小さいからだ。
しかし、完全に遮ることができず
光は射しこんでくる。
主の光は強く
主は小さいものを忘れない。


ルカ12:32 小さな群れよ。恐れることはありません。あなたがたの父である神は、喜んであなたがたに御国をお与えになるからです。


イエスキリストに土台を置き
高みに登るなら
もう遮ることはできない。


Ⅱコリント 3:18
 私たちはみな、顔のおおいを取りのけられて、鏡のように主の栄光を反映させながら、栄光から栄光へと、主と同じかたちに姿を変えられて行きます。これはまさに、御霊なる主の働きによるのです。


いつも主は、
この小さなものを覚えて
励まし慰めてくださる。

2012年11月17日土曜日

ドーナツ

最近、
妻の仕事が忙しそうだ。
家電メーカーで働いているが、

ほぼ毎日のように
残業のうえ、
祝日出勤もしたりしている。

一時期、
あまりに仕事がなくて暇なので
忙しくなるよう、
お祈りして欲しいといわれていたが、
それがうそのようだ。(少し効き過ぎなくらいだ。)

お祈りとは、力強いものだ。


 ヨハネ15:7 あなたがたがわたしにとどまり、わたしのことばがあなたがたにとどまるなら、何でもあなたがたのほしいものを求めなさい。そうすれば、あなたがたのためにそれがかなえられます。


昨日は、
終わるのが何時になるのかわからないというので
待っている間に
娘を連れて
ショッピングモールに
ご飯を食べに行きました。

こういうところに来ると
子供はテンションが上がるみたいです。

この前は
後ろにいる女子高生の会話に
9か月の娘が入っていっていきました。
ニコニコと愛想を振りまきながら
一緒のようになってわけのわからない言葉を話しかけ、
(自分も仲間のつもりみたいです。)
入っていき、
「かわいいかわいい。」と言われ人気者になっていました。
父親としては、
恥ずかしい様な、嬉しい様な、複雑な気持ちでした。

フードコート行くと
金曜日の夜だからか
人でごった返していました。

大きなところだったので
たくさんのひとがいました。
あちこちで子供の声が聞こえました。

食べていると横から
お母さんの子供を怒る声が聞きました。

ちらっと見てみると
お母さんと男の子が座り
テキストを出して英語の勉強を教えていました。
ここで集中できるのかなと思いましたが
いろんな事情があるのでしょう。
聞いていると
お母さんが発音して(めちゃくちゃ流暢に発音してました。帰国子女?)
後について言わせるのですが
子供は、、まったくやる気がなくダラダラするので
そのたびに、お母さんは厳しくというかヒステリックに怒ります。

それを見ながら色々考えました。
このお母さんは頭もよく、英語もできるけど
この子をうまく教えることができてないな。
一生懸命さが逆にその子のやる気をなくしてる。
全てその子のためなのに、その子はわからないで、わずらわしそうにしてる。
なかなか、難しいな。こんな優秀なお母さんでも難しそうだ。
私は娘にちゃんとを教えてあげれるかな?
娘のためには何がいいのかな?
お祈りが必要だな。
何を願う?
私ではなく、娘が自ら進んでそれをするようになるのがベストだな。

そんなこと考えていると
ご飯をあげるのを忘れてました。
お腹の空いた娘は、
必死でツバメのように口を出していました。
急いで上げました。

聖書の中には、
何々をしなさいということが
たくさん書かれています。
それは全て私達のためになることです。
それを自ら進んですることがさらに私達のためになることが教えられました。


Ⅱコリント 9:
6 私はこう考えます。少しだけ蒔く者は、少しだけ刈り取り、豊かに蒔く者は、豊かに刈り取ります。
7 ひとりひとり、いやいやながらでなく、強いられてでもなく、心で決めたとおりにしなさい。神は喜んで与える人を愛してくださいます。


Ⅰペテロ 5:
2 あなたがたのうちにいる、神の羊の群れを、牧しなさい。強制されてするのではなく、神に従って、自分から進んでそれをなし、卑しい利得を求める心からではなく、心を込めてそれをしなさい。
3 あなたがたは、その割り当てられている人たちを支配するのではなく、むしろ群れの模範となりなさい。


残業して疲れて帰ってくる妻のために
ドーナツを買って帰ることにしました。

 クリスピー クリーム ドーナツ
できていたので買うことにしました。

このドーナツを見ると新婚旅行を思い出します。
見知らぬ土地で極寒の中で食べる
このドーナツとホットコーヒーは、
おいしかったです。






Ⅱコリント8:
2 苦しみゆえの激しい試練の中にあっても、彼らの満ちあふれる喜びは、その極度の貧しさにもかかわらず、あふれ出て、その惜しみなく施す富となったのです。
3 私はあかしします。彼らは自ら進んで、力に応じ、いや力以上にささげ、
4 聖徒たちをささえる交わりの恵みにあずかりたいと、熱心に私たちに願ったのです。
5 そして、私たちの期待以上に、神のみこころに従って、まず自分自身を主にささげ、また、私たちにもゆだねてくれました。

2012年11月14日水曜日

水曜祈祷会

今日の

水曜祈祷会は、

ルカ18:1から

いつでも祈る

と題してメッセージさせていただきます。



ルカ18:1
 いつでも祈るべきであり、失望してはならないことを教えるために、イエスは彼らにたとえを話された。

2012年11月10日土曜日

日曜礼拝


明日の日曜礼拝は、

私は生きている

と題してメッセージさせていただきます。


イザヤ
49:14 しかし、シオンは言った。「主は私を見捨てた。主は私を忘れた。」と。
15 「女が自分の乳飲み子を忘れようか。自分の胎の子をあわれまないだろうか。たとい、女たちが忘れても、このわたしはあなたを忘れない。
16 見よ。わたしは手のひらにあなたを刻んだ。あなたの城壁は、いつもわたしの前にある。
17 あなたの子どもたちは急いで来る。あなたを滅ぼし、あなたを廃墟とした者は、あなたのところから出て行く。
18 目を上げて、あたりを見回せ。彼らはみな集まって、あなたのところに来る。わたしは生きている。

2012年11月2日金曜日

くも

日曜日、
教会からの帰りに、
車を運転していると
すごい雷だった。

急に雨が降ってきたかと思うと
何秒かごとに
ピッカとひかりバリバリと音がなるの繰りかえしで
鳴りやまない。


ルカ 10:
18 イエスは言われた。「わたしが見ていると、サタンが、いなずまのように天から落ちました。
19 確かに、わたしは、あなたがたに、蛇やさそりを踏みつけ、敵のあらゆる力に打ち勝つ権威を授けたのです。だから、あなたがたに害を加えるものは何一つありません。
20 だがしかし、悪霊どもがあなたがたに服従するからといって、喜んではなりません。ただあなたがたの名が天に書きしるされていることを喜びなさい。」


この御言葉から
雷を見ると
あんな風に悪魔は落ちて行くんだなと
思いながら見ていました。
ゆうちょうに見ていると(いくらか車の中は安全だということ聞いていたこともあり)
あまりの回数と規模に
急いで帰りました。
たくさん祈って礼拝したので
たくさん落ちて行ったのでしょう。

2、3日前に東北の空に
一直線の雲が
あらわれたと聞きます。
ちょっとわかりにくいのですが
空が雲と青空で
二分された様な感じです。

あちらこちらで見られたそうです。


これが大きな地震の前ぶれの
地震雲じゃないかと騒がれました。

そうであるのなら大変です。
少し経ちますが
まだ地震はないようです。

本当に不安な時代です。

聖書の中でたくさん雲が出てきます。


 出40:
35 モーセは会見の天幕にはいることができなかった。雲がその上にとどまり、主の栄光が幕屋に満ちていたからである。
36 イスラエル人は、旅路にある間、いつも雲が幕屋から上ったときに旅立った。
37 雲が上らないと、上る日まで、旅立たなかった。
38 イスラエル全家の者は旅路にある間、昼は主の雲が幕屋の上に、夜は雲の中に火があるのを、いつも見ていたからである。

雲が民族を導き旅をしています。
また、幕屋、今でいう教会を満たし臨在をあらわしています。

また終わりの日には、


 ルカ21:27
 そのとき、人々は、人の子が力と輝かしい栄光を帯びて雲に乗って来るのを見るのです。


イエス様が雲に乗ってこられそれをみんなが見るのだといわれています。


偶然か、
前の(東北の)写真が撮られた時は、
気象衛星の写真は、
雲が人のように見え
日本の横に立っているように
見えます。




私も今日の朝、車を乗っていると見ました。

東の生駒山から西の街の方まで
雲が一直線に
なっていました。



この写真を撮って
車から降り
パソコンをさわると
昨日まで普通に動いていたのに
画面が全く映らなくなっていました。
パソコンがつぶれてデータがなくなってしまってはと
急いで手を置いて祈りました。
電源をつけなおしてもやっぱりつきません。
祈ったら、できる限りのことを
調べてみると、
メーカーに修理に出すと6万くらいかかる。
部品を調べてみると
それでも2万くらい。
もっと突き詰めると1万くらい、
でも素人の私には少し無理そう。
買い替え?予算がないな。
うーん。と
考えながら、用事に出ました。


 マタイ18:19 まことに、あなたがたにもう一度、告げます。もし、あなたがたのうちふたりが、どんな事でも、地上で心を一つにして祈るなら、天におられるわたしの父は、それをかなえてくださいます。


1時間ほど出てきて
つけなおしてみましたが駄目です。
買い替えないと駄目かなと思っていると
(何をしたわけではなく急に)
画面が点滅したかと思うと
普段通りつき
全く正常になりました。

祈りには力があります。

私の見た雲が地震の予兆ではなく
神の祝福の到来であることを
私は祈ります。
この日本のために。
悪魔の地は揺れ動き
神が来られると。


 ルカ21:
 31 そのように、これらのことが起こるのを見たら、神の国は近いと知りなさい。
 32 まことに、あなたがたに告げます。すべてのことが起こってしまうまでは、この時代は過ぎ去りません。
33 この天地は滅びます。しかし、わたしのことばは決して滅びることがありません。


海外で見られる
モーニンググローリー(恵みの朝)
と呼ばれる雲。

モーニンググローリは、アサガオの意味もあり
その花言葉は
愛情、固い約束、愛の絆。


この地にイエスの愛による約束の成就と絆があらわれると信じています。

2012年10月31日水曜日

水曜礼拝

今日の水曜礼拝は、

イザヤ41:10~12から

わたしがあなたの神だから

と題してメッセージさせていただきます。


イザヤ41:
10 恐れるな。わたしはあなたとともにいる。たじろぐな。わたしがあなたの神だから。わたしはあなたを強め、あなたを助け、わたしの義の右の手で、あなたを守る
11 見よ。あなたに向かっていきりたつ者はみな、恥を見、はずかしめを受け、あなたと争う者たちは、無いもののようになって滅びる。
12 あなたと言い争いをする者を捜しても、あなたは見つけることはできず、あなたと戦う者たちは、全くなくなってしまう。

2012年10月27日土曜日

日曜礼拝

明日の日曜礼拝は、

マタイ28:20から

いつも、ともにいます。

と題してメッセージさせていただきます。


マタイ28:2
 また、わたしがあなたがたに命じておいたすべてのことを守るように、彼らを教えなさい。見よ。わたしは、世の終わりまで、いつも、あなたがたとともにいます。」

2012年10月25日木曜日

果物

今週の
水曜礼拝後に
みんなで
マンゴスチンと言う果物を食べた。

ネットで調べると

果物の女王なんて

言われてるらしいです。







妻が
会社で貰って来たそうなのですが
二人とも食べたことのない
果物だったので
恐さと分け合う楽しさを半々で
教会に持ってきました。

半分に切ると
中身が出てきました。

大きいようでも
中身の食べれる部分は、
わずかです。






小さいミカンが中に入っている感じです。



先生にまず食べてもらい(毒見役?)

私もすすめられたのですが一度断り、

「おいしい。」という言葉を聞いてから

おそるおそる食べました。


なかなかいけます!!

ライチとミカンを混ぜた感じでしょうか。
最初、少しスッパイけど
後で甘さが来る感じです。

みんなで笑いながら食べました。
娘は先生からミカンを食べさしてもらいご満悦でした。


 イザヤ9:3
 あなたはその国民をふやし、その喜びをまし加えられた。彼らは刈り入れ時に喜ぶように、分捕り物を分けるときに楽しむように、あなたの御前で喜んだ。


 Ⅰテモテ6:18
 また、人の益を計り、良い行ないに富み、惜しまずに施し、喜んで分け与えるように。

バレリーナ

最近、
娘の成長が目覚ましい。

少し人見知りするようになり
恥ずかしがるようになった。

日曜日、
娘なり教会で気を使っているようで
帰りの車では、いつも爆睡しています。

体が柔らかいのか
バレリーナのように足を
上げて寝ています。

このポーズは寝やすいのかな?


赤ちゃんの時は、
体が柔らかいと聞きますが・・・。


そういえばよく
白鳥の湖の
飛び回っている時のようなポーズで
寝ています。

ロイヤル・バレエ 『白鳥の湖』 左はイメージ図。

大きくなったら
習わせてみようかな。
夢が膨らみます。





ハイハイが、少しできるようになったなと思っていると
ドンドンとスピードが、速くなり遠くまで行けるようになっています。
(どこでも行くので大変でベビーゲートが必要です。)
少し、しゃべれるようになり
「タータンタータン。」と
わけのわからないことをじゃべりながら
家の中を
爆走しています。
そして、
つかまり立ちをして、ドヤ顔で私を見てきます。
毎日毎日が成長で
抱っこするたびに、
その体が大きくなっていくのがわかるようです。


 Ⅰコリント3:
6 私が植えて、アポロが水を注ぎました。しかし、成長させたのは神です。
 7 それで、たいせつなのは、植える者でも水を注ぐ者でもありません。成長させてくださる神なのです。


神様がこの娘をさせてくださっているのが本当にわかります。

日曜の教会で
お兄ちゃんが娘を見てくれていると
「今、パパって言った。」と私に教えてくれました。
それを聞いたもう一人のお兄ちゃんが
「パパって言ってみて。」と優しく言うと
娘が
「パッーパッ。」とはっきり言い、
それを聞いてみんなで笑いました。

何回か言われているような気がする時はあったのですが
この時ははっきりと言いました。
とてもうれしい気持ちになりました。
今までは言えなかった子が
自分を呼んでくれただけでも親っていうのは
こんなに喜ぶもんなんだと
このことを通して知りました。


エレミヤ 33:3
 わたしを呼べ。そうすれば、わたしは、あなたに答え、あなたの知らない、理解を越えた大いなる事を、あなたに告げよう。


私達が父なる神を呼ぶ時、
どんなに喜んでくれるでしょうか。
私の比ではないでしょう。


それから
せきを切ったようにパパと言うようになりました。

朝も
寝ている私の所に来て
「パッーパ。パッーパ。」と
私の胸を叩きます。

嬉しい反面、
もう少し眠らして欲しいと思う
今日この頃です。

次にしゃべって言葉は
「ばーちゃん。」でした。

妻は「私は?」と
必死でママ、ママと娘に連呼しています。


2012年10月20日土曜日

決起集会

来年行われるペンテコステの大会の
決起集会に行って来た。

参加できないと思っていたので
妻に急に行くことを告げると
早く言ってくれれば、
なんとか仕事を休めたかもしれないとのこと。
(義兄がバンドで音楽の奉仕をするので、行きたっかそうだ。
確かに休んでいっても行く価値はあったかもしれない。)

アフリカで、
大きな奇跡とリバイバルを起こした
先生が、メッセージをされるので大いに期待して行きました。

会場は、私が大学時代にアルバイトした経験のある会場でありました。
前までは、後ろの通用口からしか入ったことがなかったので、
正面から入るので懐かしいような、そうでないような変な感じでした。

勉強のため先生について委員会まで出席させてもらいました。

昼食にサンドイッチとコーヒーが出たのですが
この日は、断食を示されて、集会が終わるまで食べませんでした。


 イザヤ58:6
 わたしの好む断食は、これではないか。悪のきずなを解き、くびきのなわめをほどき、しいたげられた者たちを自由の身とし、すべてのくびきを砕くことではないか。


集会は、とても賛美も盛り上がり恵まれました。
(写真を撮ったのに何故かアップできません。最近パソコンの調子が悪いです。)

講師の先生は、
アフリカの先生だから背の高い先生を想像していましたが、
見た感じ女性の通訳者と変わらない感じで、
私よりも小さいほどでした。


1サムエル16:
6 彼らが来たとき、サムエルはエリアブを見て、「確かに、主の前で油をそそがれる者だ。」と思った。
 7 しかし主はサムエルに仰せられた。「彼の容貌や、背の高さを見てはならない。わたしは彼を退けている。人が見るようには見ないからだ。人はうわべを見るが、主は心を見る。」


しかし、メッセージが始まると
本当にパワフルに叫び続け、聖霊について語り続けました。


 使徒1:8 しかし、聖霊があなたがたの上に臨まれるとき、あなたがたは力を受けます。そして、エルサレム、ユダヤとサマリヤの全土、および地の果てにまで、わたしの証人となります。」


熱く興奮しながら語られていたのが印象的でした。
叫び続けていました。


黙示録 3:15
 「わたしは、あなたの行ないを知っている。あなたは、冷たくもなく、熱くもない。わたしはむしろ、あなたが冷たいか、熱いかであってほしい。


私は、悔い改めました。
今まで熱さを抑えていたことを。
まだまだ足りない。
もっと熱くもっと熱くイエスの愛を
もっと興奮して聖霊の働きを語ろうと決意しました。

2012年10月17日水曜日

水曜礼拝

今日の水曜礼拝は

ヨハネ11:25,26より

キリストのよみがえり

と題してメッセージさせていただきます。


ヨハネ 11:
25 イエスは言われた。「わたしは、よみがえりです。いのちです。わたしを信じる者は、死んでも生きるのです。
26 また、生きていてわたしを信じる者は、決して死ぬことがありません。このことを信じますか。」

2012年10月13日土曜日

日曜礼拝


明日の日曜礼拝は、

ルカ6:23から

喜びなさい。踊りあがって喜びなさい。

と題してメッセージさせていただきます。


ルカ6:23
 その日には、喜びなさい。おどり上がって喜びなさい。天ではあなたがたの報いは大きいからです。彼らの先祖も、預言者たちをそのように扱ったのです。

2012年10月12日金曜日

イモ掘り

今週の祝日に
京都に
イモ掘りに行ってきました。

兄には、
「苦労して種をまいて
実らせたものを
楽しい収穫だけさせてもらうのか」と言われましたが、
楽しい収穫だけさせて
招いて貰い感謝なことです。
種をまき育てられたご家族に祝福がありますように。


ヨハネ 4:
36 すでに、刈る者は報酬を受け、永遠のいのちに入れられる実を集めています。それは蒔く者と刈る者がともに喜ぶためです。
37 こういうわけで、『ひとりが種を蒔き、ほかの者が刈り取る。』ということわざは、ほんとうなのです。


蒔く者もと刈る者がともに喜ぶと書かれているので
素晴らしい祝福があります。

今回は、
急遽決まったのと
今流行中の風邪や
遠くから家族が帰郷してきたりで
少人数でしたが、
楽しかったです。

去年は、
妊娠中でできなかった妻は、やる気満々です。
この日、本当は、祝日出勤しないといけなかったのに
「仕事とイモ掘りとどっちが大事なんや」と上司に聞かれ
「イモ掘りです。」と即答して休みを貰ったそうです。(大丈夫かな?ハハハ。)


来る時は、
「私は今日は見るだけにする。」と言っていた先生が
畑に着くなり率先して鎌を、スコップを、持ち汗を流してる姿は
微笑ましかった。
私も先生と似てるところがあり
やり始めるとたぶん泥だらけ汗だらけになって止まらなくなるので
娘が良い歯止めになってくれてるように思います。


Ⅱテモテ2:6
 労苦した農夫こそ、まず第一に収穫の分け前にあずかるべきです。


この地で
神のために
多くの実を刈り取り
その分け前をあずかる者となるべき
働いていきたいと思います。


Ⅱコリント9:6
私はこう考えます。少しだけ蒔く者は、少しだけ刈り取り、豊かに蒔く者は、豊かに刈り取ります。


たくさん収穫させていただきました。
私は終始、娘の子守に努めました。
娘は肝心の本番中ずっと眠っていました。
また、ニラやゴボウも収穫させていただき
貴重な体験をさせてもらいました。


ルカ 6:
43 悪い実を結ぶ良い木はないし、良い実を結ぶ悪い木もありません。
44 木はどれでも、その実によってわかるものです。


私も自分の心に良い木を生やせ良い実をたくさん実らせ
多くの収穫できるように歩もうと思います。


ゴボウ茶に最適なものをいただきました。
ゴボウを乾燥させるためのアミカゴを買おうと提案しましたが、
妻に即却下されました。

収穫後、
プリンを御馳走していただいたのですが
今日は、予定より人数が少なかったので
1人2個ずついただき
2倍の祝福でした。


 ルカ12:32
 小さな群れよ。恐れることはありません。あなたがたの父である神は、喜んであなたがたに御国をお与えになるからです。


良い交わりができ良い時となりました。
一族みなさん隅々までイエスによって祝福と救いがありますようにお祈りします。

帰宅して娘の足を
見てみると
蚊にいっぱい刺されて
ボコボコになっていました。
足に虫除けのリングをつけていたのに、
幼児の血はよっぽどおいしいのか
虫除けに負けずに吸いに来たようです。
ムヒを塗ってあげながら
こんなに噛まれながら
良くあんなに爆睡できたものだと
親バカながら
娘が大器に成長しつつあるのを感じました。

2012年10月6日土曜日

ベンチ

妻に晩御飯に食べたいものがあるかと
聞かれたので
テレビの味の素のCMの鍋が、
おいしそうだったので
リクエストしました。

夕方、
娘も連れて
近くのスーパーに買い出しに行きました。

勤めて帰ってくる
妻を待つ間、
少し店内をうろうろして
店の隅にあるベンチに座りました。

誰もそこに座らなさそうな
奥まった狭い場所に
置かれたたベンチなのですが
私と娘が座った瞬間、
男の子と女の子が滑りこむように
隣に座りました。

回りは商品が置かれているので
窮屈でギュウギュウになりながら
一緒に座りました。
(他の人から見たら家族に見えたかもしれません。)

男の子と女の子は、
一生懸命に娘を見、
娘もじっと二人を見ています。
(子供は子供を呼ぶようです。)

今度は、
私の顔を穴のあくぐらい見てくるので
ニコッと笑いました。
二人は私を一瞥しただけで
二人で話し始めました。

話を聞いていると
二人は兄妹で
お兄ちゃんは、小学校1,2年生といった感じ、
妹は、幼稚園(制服を着ていました。)です。

ポケットから
お兄ちゃんの方が
チョコを二つ取り出し
一つを袋から出して食べやすくして
妹に渡してあげます。
妹は、自然にそれを受け取り
口元を真っ黒にしながら食べます。
それを見て少しニコリとして兄の方も食べ出しました。

お兄ちゃんが、
一生懸命に妹の世話をしてあげるのが
なんともかわいくて見てると
自分の子供時代を思い出すようです。
(私は末っ子で、姉と兄によく面倒を見てもらいました。)


Ⅰヨハネ4:
20 神を愛すると言いながら兄弟を憎んでいるなら、その人は偽り者です。目に見える兄弟を愛していない者に、目に見えない神を愛することはできません。
21 神を愛する者は、兄弟をも愛すべきです。私たちはこの命令をキリストから受けています。


兄妹がチョコを食べてるだけの
当たり前の光景なのですが
なんだか見ていると
二人から当たり前に流れている
兄弟愛を感じて
感動してきました。


 Ⅰヨハネ2:10
兄弟を愛する者は、光の中にとどまり、つまずくことがありません。


娘は、じっとそれを見ています。
娘も妹か弟ができたらあんな風に
面倒みるのかなと考えました。

二人は、ほうばりながら話しています。
「おいしいね。」と妹の方が笑いながら兄に話しかけます。
「チョコレートって何でできてるか知ってる?」と兄が妹に問いかけます。
妹は、んっ~と考えています。
園児には、わからないだろうな、
お兄ちゃんが、カカオだと教えてあげるんだろうなと思いました。
兄の方が答えます。
「チョコレートってウ○コできてるんやで。」
私は、なんちゅう答えやと思いました。
(この頃の男の子は、そういうことを言いたくなる時期みたいです。)
さっきまでの感動が急激に薄まるようでした。
妹の方を見てみると1ミリも笑っていません。
娘も真顔です。(まだ言葉がわからなくて良かった。)
男の子が、いかにもおもしろいことを言ったとばかりに
クスクス笑いながら私の顔を見てきましたが、
もちろん私も笑いません。(大人はそんな下ネタでは笑わないというところをガンと見せました。)
「焼いて固めたらチョコになんねん。」
まだ、続けて言います。
もちろん誰も笑いません。
ちょうどそこに妻が終わってやってきました。
娘を抱いて立ち上がりました。
お兄ちゃんは、妹の口にいっぱいついたチョコレートをティシュで拭いてあげながら言います。
「いっぱい口にウ○○がついてるで。」
私は歩きながら、まだ言うかと思いながら店内に入って行きました。
妻が「(私の)子供みたいに見えたよ。」
というのを複雑な気持ちで聞きました。



箴言21:23 自分の口と舌とを守る者は、自分自身を守って苦しみに会わない。

箴言18:21 死と生は舌に支配される。どちらかを愛して、人はその実を食べる。



良い行いや愛も
自分の口から出す言葉によって
全て台無しにしてしまうような時があります。

口の告白は、大事なものだと教えられました。


 ローマ10:10 人は心に信じて義と認められ、口で告白して救われるのです。



材料を仕入れ家に帰りました。
とても簡単にできました。

お鍋のレシピ

これは、これから我が家の献立に入りそうです。


 おいしかったので
写真を撮るのを
忘れて
あらかた食べてしまいました。







ポン酢で食べるのも良いですが、
私はゴマだれで食べました。

教会の家族に教えていただいたのですが
アサムラサキ ごまだれ が
とても美味しいです。
これを食べると他のものは使えなくなるほどです。
薄めて飲みたいぐらいおいしいです。(ちょっと言い過ぎました。)

最近、売っている場所を見つけて即買いしました。
一度試してください。


今日の鍋は、とても簡単で、おいしかったです。


 ルカ11:3
 私たちの日ごとの糧を毎日お与えください。





2012年10月3日水曜日

水曜祈祷会


今日の水曜祈祷会は

Ⅰペテロ2:24から

罪を離れて義に生きる

と題してメッセージさせていただきます。


ペテロ2:24
 そして自分から十字架の上で、私たちの罪をその身に負われました。それは、私たちが罪を離れ、義のために生きるためです。キリストの打ち傷のゆえに、あなたがたは、いやされたのです。

2012年9月29日土曜日

日曜礼拝

明日の日曜礼拝は、

ヘブル3:6から

確信と希望による誇り

と題してメッセージさせていただきます。



ヘブル 3:6
しかし、キリストは御子として神の家を忠実に治められるのです。
もし私たちが、確信と、希望による誇りとを、終わりまでしっかりと持ち続けるならば、
私たちが神の家なのです。

2012年9月28日金曜日

アマゾン

最近、
教会のプロジェクターにつないでいる
パソコンの調子が悪いです。

電源をつけても立ち上がりが遅く、
なかなか起動することができない。
それだけなら、
もう年数がたっているのでしょうがないのですが
今まで聞いたことがない奇怪な音をあげ始めました。
(礼拝中にはとても邪魔な音です。)
明らかに
壊れる前の警告音のように聞こえました。
買い替えることを考えましたが、
今とても高いパソコンを買う経費などありません。
とにかく何故必要なのかを説明し祈り求めました。


ヨハネ15:7 あなたがたがわたしにとどまり、わたしのことばがあなたがたにとどまるなら、何でもあなたがたのほしいものを求めなさい。そうすれば、あなたがたのためにそれがかなえられます


日曜日、帰宅すると
祈りが聞かれたことがわかりました。
伝道師先生から
ご自宅にあった昔の本をアマゾン(amazonネットの本屋さん)で売って
献金にするよう頼まれていたのですが、
その本がたくさん売れていました。
(1冊は、単行本のような小さな本ですが絶版になっており価格が上がり5500円で売れました。)
それと同時に
私のスピーカーを売りに出していたのですが、
強気の価格設定をしていたので、
いっこうに売れないので値を下げないといけないと
思っていたものがポンと売れていました。

買う予算が少し与えられました。
予算は3万円です。
パソコンを買うのにはとても足りないと思いました。
とにかく
価格.comでそれなりの性能のものが、どれくらいするかを調べました。
十分予算内で
思うくらいの性能のパソコンが買えることがわかりました。
(パワーポイントを動かしデータを残すだけなどで、それほど高い性能は必要ありません。
でもメモリーも4GBでそれくらいの値で買えるのは、最近の需要のせいか値下がりには驚きました。あと、1万円あればCPUをi5に出来たのにと少し思いましたが必要のオーバースペックです。)


 マタイ6:8
あなたがたの父なる神は、あなたがたがお願いする先に、あなたがたに必要なものを知っておられるからです。


日曜日祈ったことは、
その日にきかれ、
すぐに注文することができました。
次からは、静かなパソコンでメッセージを邪魔されません。
{そういえば、次のメッセージは、私でした。
私の時はちょっとにぎやかなぐらいでちょうどいいのですが(笑)}

学生時代、パソコンが10万円以下になったらアルバイトして買おうと決心して、
結局価格がそんなに下落することはなく、あきらめた記憶があります。
昔から考えれば、
メモリーが4GB、ハードディスク300GBなんて
スーパーパソコンもいいとこです。
それが、安価で買えるとはパソコンの進歩にびっくりです。

最近、パソコンの進歩について書かれたものを読みました。
ここ数年の、その記憶できる容量の成長をありえないぐらいのものであると書いてました。
しかし、その一方でどれだけ膨大な量のデータを残したとこで読み取ることができなければ
無意味だと言っていました。
フロッピーにしろCDにしろDVDにしろHDDにしろ読み取る機械が必要です。
そして、補完するのも大変です。
だから、
昔の人が石に刻んで、何も必要なく誰でも見ることができ
雨にさらされ風に吹かれても
今だにそれが伝わっていることは
すごいことだと書かれてました。
結局、人がつくったものより、自然の石の方が素晴らしいというようなことでした。


イザヤ49:16
見よ。わたしは手のひらにあなたを刻んだ。あなたの城壁は、いつもわたしの前にある。


創造主である神がつくられた石に刻まれるということが
後世に残る素晴らしい伝達能力があるなら、
創造主自身の御手に刻まれるとは、どういうことでしょうか?
どんなに堅い石も、いつかは砕けるでしょう。
神の御手は、砕かれることはない。
私達が神の手に刻まれるのなら、誰もそれを砕く者はいない。


 ヨハネ10:
27 わたしの羊はわたしの声を聞き分けます。またわたしは彼らを知っています。そして彼らはわたしについて来ます。
28 わたしは彼らに永遠のいのちを与えます。彼らは決して滅びることがなく、また、だれもわたしの手から彼らを奪い去るようなことはありません。
29 わたしに彼らをお与えになった父は、すべてにまさって偉大です。だれもわたしの父の御手から彼らを奪い去ることはできません。

2012年9月21日金曜日

舞台

月曜日の祝日は、
教会の姉妹が、司会なさることもあり
クリスチャンセンターに
関西エヴァンジェリカルハーモニーの
コンサートに行ってきました。

先生たちは京都であった集会しましたので、
妻と娘と行きました。

コンサートに備えて
自分で
ミルクを飲む娘。
(コンサート中、一度愚図り妻と途中退場しましたが、
おかげで私はゆっくりメッセージを聞けました。)




とてもいいコンサートでした。
人もたくさん集まり
座るところがなくなるくらいでした。
会場風景を撮影したかったのですが
撮影禁止だったので残念でした。

コンサートというよりは
いつも通りのゲストとスピカーを呼んでの
集会でした。
特にスピーカーである
関西聖書学院の学長のメッセージが(特に救われた時の証されてました。)
とても恵まれました。

もちろん、
歌も全て良かったです。
(子供たちの賛美は、いつも良いものです。娘も立てるようになれば入団して下さいとお招きしていただきました。気が早いような気もしますが感謝なことです。)

何より司会という大役を果たした姉妹を見て感謝でした。立派に役を果たしました。
(初めて教会に来た時のことを考えると、このような舞台で司会するとは考えらませんでした。
私は、今でも初めて来られた時の後姿がまぶたに焼き付いています。主は人を身元に引き寄せられます。)


Ⅰテサロニケ 1:4
 神に愛されている兄弟たち。あなたがたが神に選ばれた者であることは私たちが知っています。


舞台でしかされてる姿は、舞台映えしてとても立派に綺麗に見えました。
どこに出しても恥ずかしくない、いや誇らしくさせ感じました。


Ⅱコリント8:24
 ですから、あなたがたの愛と、私たちがあなたがたを誇りとしている証拠とを、諸教会の前で、彼らに示してほしいのです。


先生と会い今日の報告をすると
京都の集会で教会の代表として歌った姉妹たちのことを
私と同じように誇っていたので
(うちの姉妹たちは、華があって一番目立ってた、等々。とっても嬉しそうでした。)
なんだか笑ってしまいました。


 Ⅰペテロ5:
5 同じように、若い人たちよ。長老たちに従いなさい。みな互いに謙遜を身に着けなさい。神は高ぶる者に敵対し、へりくだる者に恵みを与えられるからです。
 6 ですから、あなたがたは、神の力強い御手の下にへりくだりなさい。神が、ちょうど良い時に、あなたがたを高くしてくださるためです。


今回の教会でした特別集会を通しても
教会のみんなが
活躍して私の出る幕もなく集会が進んでいくのを見て、
一人一人の成長、教会の成長を見て本当にうれしい限りであり、
神に感謝します。


 コロサイ4:12
 あなたがたの仲間のひとり、キリスト・イエスのしもべエパフラスが、あなたがたによろしくと言っています。彼はいつも、あなたがたが完全な人となり、また神のすべてのみこころを十分に確信して立つことができるよう、あなたがたのために祈りに励んでいます。

2012年9月20日木曜日

火の柱


今日ニュースを見てると
興味深いニュースがあった。

火の竜巻

テレビで見たので動いている画も見れ
なかなかお目にかかれない映像で
荘厳な感じがした。


出13:
21 主は、昼は、途上の彼らを導くため、雲の柱の中に、夜は、彼らを照らすため、火の柱の中にいて、彼らの前を進まれた。彼らが昼も夜も進んで行くためであった。
22 昼はこの雲の柱、夜はこの火の柱が民の前から離れなかった。


エジプトからイスラエルの民が出て来た時、
昼は雲の柱、夜は火の柱をあらわし
導きました。

今回の
火の竜巻は、昼に出ているし小さなものだから別物でしょう。
(一説に火山が民を導いたのではないかと言われます。
明るい時は、立ち上る煙が雲の柱に見え
暗くなると噴火が火の柱に見えます。
一説であって、神様は人の理解を越えた超自然的なことをされる方です。)
どういう方法だったかはどうあれ、見える形で民を導きました。

土日と教会で
聖会がありました。
とても満たされる時となり、
私も恵みを受けました。

また預言も
ひとりひとりその人をよく知っていなければ与えられないようなものばかりで
驚きのの連続でした。
そのことを通して神様の存在が、導きがはっきり分かるようでした。

私も預言を受けて
自分の歩みの再確認をすることができ
目的となる地の方向をしっかりとらえることができました。


 ネヘミヤ9:
18 彼らが自分たちのために、一つの鋳物の子牛を造り、『これがあなたをエジプトから導き上ったあなたの神だ。』と言って、ひどい侮辱を加えたときでさえ、
19 あなたは、大きなあわれみをかけ、彼らを荒野に見捨てられませんでした。昼間は雲の柱が彼らから離れないで、道中、彼らを導き、夜には火の柱が彼らの行くべき道を照らしました。

2012年9月19日水曜日

水曜礼拝


今日の水曜礼拝は

Ⅱコリント5:14~17から

キリストを知る

と題してメッセージさせていただきます。


コリント5:
14 というのは、キリストの愛が私たちを取り囲んでいるからです。私たちはこう考えました。ひとりの人がすべての人のために死んだ以上、すべての人が死んだのです。
15 また、キリストがすべての人のために死なれたのは、生きている人々が、もはや自分のためにではなく、自分のために死んでよみがえった方のために生きるためなのです。
16 ですから、私たちは今後、人間的な標準で人を知ろうとはしません。かつては人間的な標準でキリストを知っていたとしても、今はもうそのような知り方はしません。
17 だれでもキリストのうちにあるなら、その人は新しく造られた者です。古いものは過ぎ去って、見よ、すべてが新しくなりました。

2012年9月8日土曜日

日曜礼拝

明日の日曜礼拝は、

マタイ14:17~20から

祝福して裂いた。

と題してメッセージさせていただきます。



マタイ14:
17 しかし、弟子たちはイエスに言った。「ここには、パンが五つと魚が二匹よりほかありません。」
18 すると、イエスは言われた。「それを、ここに持って来なさい。」
19 そしてイエスは、群衆に命じて草の上にすわらせ、五つのパンと二匹の魚を取り、天を見上げて、それらを祝福し、パンを裂いてそれを弟子たちに与えられたので、弟子たちは群衆に配った。
20 人々はみな、食べて満腹した。そして、パン切れの余りを取り集めると、十二のかごにいっぱいあった。

2012年9月5日水曜日

水曜礼拝

今日の水曜礼拝は、

Ⅰコリント3:1~3から

御霊に属する人

と題してメッセージさせていただきます。



コリント3:
1 さて、兄弟たちよ。私は、あなたがたに向かって、御霊に属する人に対するようには話すことができないで、肉に属する人、キリストにある幼子に対するように話しました。
2 私はあなたがたには乳を与えて、堅い食物を与えませんでした。あなたがたには、まだ無理だったからです。実は、今でもまだ無理なのです。
3 あなたがたは、まだ肉に属しているからです。あなたがたの間にねたみや争いがあることからすれば、あなたがたは肉に属しているのではありませんか。そして、ただの人のように歩んでいるのではありませんか。