2011年12月16日金曜日

母親学校

日曜日、
教会のみんなが
帰ったあと
すぐから
先生のカウセリングの
サポートをする。

すこし、時間がかかりそうだということで
先生が食事をとっている間に
私は仮眠をとる。

小一時間、
眠ったあと
サポートして
祈る。

なかなか
根強いものがあり
明らかな進歩はあるものの
最後のあと一歩が進まない。
しかし、神がおられる事実と愛を実感し
素晴らしい奇跡の体験の時でした。

結局、朝の10時くらいに
時間オーバーで中断した。
(15時間ほど徹夜で祈りました。)

祈りは少し待機し
カウンセリング(対話)で
信仰をつけていくことに
することにした。


マタイ9:20~22
20 すると、見よ。十二年の間長血をわずらっている女が、イエスのうしろに来て、その着物のふさにさわった。
21 「お着物にさわることでもできれば、きっと直る。」と心のうちで考えていたからである。
22 イエスは、振り向いて彼女を見て言われた。「娘よ。しっかりしなさい。あなたの信仰があなたを直したのです。」すると、女はその時から全く直った。


どんな素晴らしい
先生でも
どんなにまわりが
一生懸命、祈っても
本人に問題を
手放す気がなければ
難しい。
本人の信仰が
第一なのだ。

イエス様も
多くの奇跡を
おこなったが
すべての人を癒したのではなく
その人の信仰をみて
癒された。

また罪がそれをとうざける。


イザヤ59:1,2
1 見よ。主の御手が短くて救えないのではない。その耳が遠くて、聞こえないのではない。
2 あなたがたの咎が、あなたがたと、あなたがたの神との仕切りとなり、あなたがたの罪が御顔を隠させ、聞いてくださらないようにしたのだ。


それを除くために
イエス様が来られた。
それを祝う日が
クリスマスです。

カウンセリングを終え
外に出ると
教会の姉妹が
もう来ており
伝道を済まし
待っていてくださった。
コーヒーを入れてくれたので、
お話しながら飲む。
とても癒される。

そうこうしていると
先に家に帰っていた
妻が車で迎えにきた。

家で祈っていると
寝れなくなり
待ちきれず迎えに来たようだ。
(仕事をちょうどおやすみしていました。)

帰宅する
車中で居眠りし
帰って
2,3時間仮眠をとる。

この日は、
母親学校なるものが
産婦人科で開かれ出席することにしていました。

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