どんどん蒸し暑くなってきたので
先日、
散髪してきました。
どうも、私は、床屋さんに行くのが苦手です。
何故かというと、
中学生の時は、公立の学校に行っていたので
ある一定の期間で頭髪検査というものがあり(今もあるのかな?)
細かい規定があり
こまめに床屋さんに行かないと駄目でした。
学校の検査が近づくと
床屋さんも、ごった返します。
(早くから行っておけばいいのですが、ずぼらな私は、いつもギリギリ。)
理髪師さんも、血眼になりながら急いで髪を切っています。
金型があるようにみんな同じ髪型にされます。
しかし、
何分かおきにカランカランというドアの開く音とともに
入ってくる学生の群れ、
どんどん座る場所もなくなり溢れかえる待合室、
一人終わり出て行くと二人入ってきます。
それと同時に理髪師さんも焦ってきます。
私の順番が来た時、
相当、急いでいたのでしょう
どうするかも聞かずに切り始めます。
(小学生の時、初めて行く床屋さんでスポーツ刈りと言っているのに
丸坊主にされた時はびっくりしました。)
どうせ、同じ髪型にするので、それは問題ありません。
髪を濡らし、切り、剃刀で剃ります。
顎が剃り終わり、
もみあげを剃るとき、
理髪師さんが「あっ。」と声をもらしました。
今でもその時の顔と声を覚えてます。
その後、すぐに髪を洗い顔をあげて鏡を見てみると
結構な量の血が頬を流れていて
血を手で押さえながら、急いで自転車に乗って逃げて帰りました。
(幸い綺麗に切れていたので、すぐにくっつき何ともありませんでした。)
それから、散髪をする時、
後ろに立たれるのが嫌で(ゴルゴ13のようです。)
床屋に行くの億劫でした。
大学時代は、
そんなことから髪をロン毛(って、まだ言うのかな?長髪。)していたほどです。
民数記6:5 彼がナジル人としての聖別の誓願を立てている間、頭にかみそりを当ててはならない。主のものとして身を聖別している期間が満ちるまで、彼は聖なるものであって、頭の髪の毛をのばしておかなければならない。
聖書の旧約の時代を見ると
ナジル人という
(代表として。サムソン{毛を切ると超人的な力を失った。}、サムエル、バプテスマのヨハネ他)
今でいう献身者や祭司や牧師のような人は、
髪を切りませんでしたが
私も献身者ですが、今は新約の時代だし、
こぎれいにする方が栄光を返すことになるでしょう。
そんなわけで髪を切りました。
今は便利で
私の嫌いな顔剃りもなく、
10分で終わり
1000円という激安で切ってくれる、
QBハウスさんに行ってきました。
問題は、切ってくれる人が、
どの人に当たるかわからないので
へたくそな人に当たる可能性があるのが怖いところですが、
比較的上手い人ばかりいるところを
牧師先生に教えてもらったのでそこに行きました。
ショッピングモールの中にあるので
待ってもらう妻と娘も安心でした。
前に並んでいる人が
若い女性だったので珍しかったです。
(お客さんの中で女性は一人だったので、男の人より丁寧に切ってもらえてたように思います。)
今日は、上手い人にあたりました。
さっぱりしたので
次の日曜のメッセージもがんばりたいと思います。
ピリピ3:
20 けれども、私たちの国籍は天にあります。そこから主イエス・キリストが救い主としておいでになるのを、私たちは待ち望んでいます。
21 キリストは、万物をご自身に従わせることのできる御力によって、私たちの卑しいからだを、ご自身の栄光のからだと同じ姿に変えてくださるのです。
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