2011年6月14日火曜日

小さい命

教会ではみなさんに、報告したのですが
妻が妊娠しました。

最初、病院に行き、知らされた時は、どうもボッーとして実感が湧きませんでした。

子供聖会(最近、教会学校のことをこう呼んでいます。生徒会長がつけてくれました。いい名前で気にいっています。)の、みんなは自分の子供のように思い愛しています。

しかし、いざ自分の子となるとなんだかよくわからなくて人ごとのような感じだった。

でも、妻が切迫流産になると、どんどんお腹の子が心配になり
なんとか元気になって欲しいと祈り願い、我が子に一日でも早く会いたくなってきました。
まだ予定日も決まってませんが。

主と教会のみなさんが祈って下さったおかげで
出血は止まり、
エコーでも見えなかった赤ちゃんは、米粒ほどではあるが見えるほどに大きくなりました。
感謝します。

私が生まれた時は母子ともに召されかけました。
その痛みと苦しみの中で母は、イエス様を見たそうです。
母は、命がけで私を産んでくれました。

主の愛と母の愛を思い、また同じ立場になり父の愛を知りました。
私も米粒ほどで、まだ3ミリしかない、小さいのちですが、
その子を生かすためには、何の迷いもなくいのちをかけれます。


マタイ16:26 人は、たとい全世界を手に入れても、まことのいのちを損じたら、何の得がありましょう。そのいのちを買い戻すのには、人はいったい何を差し出せばよいでしょう。
「人の命は全世界より尊い」とうのは、この箇所からの引用です。

「命」の字は、"一" と "人 "と "叩" からできています。
一+人+叩 = 命 

一人の人がたたくとき命がある。
見よ。わたし(イエス様)は、戸の外に立って叩く。黙3:20

イエス様がご自分を差し出して下さいました。
イエス様は、あなたの心をノックされていました。
そして受け入れた私たちは、いのちを与えられ、尊いものとしていただきました。

イエスキリストによって、あなたのいのちは全世界よりも尊いのです。
なぜなら、あなたの命は神の命により生き、あなたの命の中に神の命があるからです。

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