明日の日曜礼拝は
ヘブル12:27,28から
感謝しようではありませんか
と題してメッセージさせていただきます。
ヘブル 12:
27 この「もう一度」ということばは、決して揺り動かされることのないものが残るために、すべての造られた、揺り動かされるものが取り除かれることを示しています。
28 こういうわけで、私たちは揺り動かされない御国を受けているのですから、感謝しようではありませんか。こうして私たちは、慎みと恐れとをもって、神に喜ばれるように奉仕をすることができるのです。
2014年5月24日土曜日
2014年5月21日水曜日
水曜礼拝
今日の水曜礼拝は、
イザヤ38:4,5から
見て聞いて下さる主
と題してメッセージさせていただきます。
6 わたしはアッシリヤの王の手から、あなたとこの町を救い出し、この町を守る。』
イザヤ38:4,5から
見て聞いて下さる主
と題してメッセージさせていただきます。
イザヤ38:
5 「行って、ヒゼキヤに告げよ。あなたの父ダビデの神、主は、こう仰せられます。『わたしはあなたの祈りを聞いた。あなたの涙も見た。見よ。わたしはあなたの寿命にもう十五年を加えよう。6 わたしはアッシリヤの王の手から、あなたとこの町を救い出し、この町を守る。』
2014年5月10日土曜日
日曜礼拝
明日の日曜礼拝は
Ⅱ歴代誌 30:6 から
主に立ち返りなさい
と題してメッセージさせていただきます。
Ⅱ歴代誌 30:6 から
主に立ち返りなさい
と題してメッセージさせていただきます。
Ⅱ歴代誌 30:6
そこで、近衛兵は、王とそのつかさたちの手紙を携えて、イスラエルとユダの全土を行き巡り、王の命令のとおりに言った。「イスラエルの人たちよ。アブラハム、イサク、イスラエルの神、主に立ち返りなさい。そうすれば、主は、あなたがたに残された、アッシリヤの王たちの手をのがれた者たちのところに、帰って来てくださいます。2014年5月7日水曜日
水曜礼拝
今日の水曜礼拝は
コロサイ1:24,25から
教会は、キリストのからだ
と題してメッセージさせていただきます。
25 私は、あなたがたのために神からゆだねられた務めに従って、教会に仕える者となりました。神のことばを余すところなく伝えるためです。
コロサイ1:24,25から
教会は、キリストのからだ
と題してメッセージさせていただきます。
コロサイ1:
24 ですから、私は、あなたがたのために受ける苦しみを喜びとしています。そして、キリストのからだのために、私の身をもって、キリストの苦しみの欠けたところを満たしているのです。キリストのからだとは、教会のことです。25 私は、あなたがたのために神からゆだねられた務めに従って、教会に仕える者となりました。神のことばを余すところなく伝えるためです。
2014年4月23日水曜日
水曜礼拝
今日の水曜礼拝は
出エジプト20:4~6から
ねたむ神
と題してメッセージさせていただきます。
5 それらを拝んではならない。それらに仕えてはならない。あなたの神、主であるわたしは、ねたむ神、わたしを憎む者には、父の咎を子に報い、三代、四代にまで及ぼし、
6 わたしを愛し、わたしの命令を守る者には、恵みを千代にまで施すからである。
出エジプト20:4~6から
ねたむ神
と題してメッセージさせていただきます。
出20:
4 あなたは、自分のために、偶像を造ってはならない。上の天にあるものでも、下の地にあるものでも、地の下の水の中にあるものでも、どんな形をも造ってはならない。5 それらを拝んではならない。それらに仕えてはならない。あなたの神、主であるわたしは、ねたむ神、わたしを憎む者には、父の咎を子に報い、三代、四代にまで及ぼし、
6 わたしを愛し、わたしの命令を守る者には、恵みを千代にまで施すからである。
2014年4月19日土曜日
日曜礼拝
明日の日曜礼拝は、
ルカ24:31,32 から
こころのうちは燃えていた
と題してメッセージさせていただきます。
32 そこでふたりは話し合った。「道々お話しになっている間も、聖書を説明してくださった間も、私たちの心はうちに燃えていたではないか。」
ルカ24:31,32 から
こころのうちは燃えていた
と題してメッセージさせていただきます。
ルカ 24:
31 それで、彼らの目が開かれ、イエスだとわかった。するとイエスは、彼らには見えなくなった。32 そこでふたりは話し合った。「道々お話しになっている間も、聖書を説明してくださった間も、私たちの心はうちに燃えていたではないか。」
2014年4月5日土曜日
日曜礼拝
日曜礼拝は、
ヨハネ9:31から
御心をおこなうなら
と題してメッセージさせていただきます。
ヨハネ9:31から
御心をおこなうなら
と題してメッセージさせていただきます。
ヨハネ9:31
神は、罪人の言うことはお聞きになりません。しかし、だれでも神を敬い、そのみこころを行なうなら、神はその人の言うことを聞いてくださると、私たちは知っています。
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