2012年5月16日水曜日

水曜祈祷会

今日の水曜祈祷会は、

ローマ12:3~5から

キリストのからだ

と題してメッセージさせていただきます。



ローマ12:
3 私は、自分に与えられた恵みによって、あなたがたひとりひとりに言います。だれでも、思うべき限度を越えて思い上がってはいけません。いや、むしろ、神がおのおのに分け与えてくださった信仰の量りに応じて、慎み深い考え方をしなさい。
4 一つのからだには多くの器官があって、すべての器官が同じ働きはしないのと同じように、
5 ぜいいる私たちも、キリストにあって一つのからだであり、ひとりひとり互いに器官なのです。


2012年5月15日火曜日

ねむり

昨日は、
家に帰って
ゴハンを食べ終わると
眠たくなってしまった。

家事をしている妻のかわりに
娘をあやし
抱っこしていたのですが
急な眠気に襲われ
娘を毛布に寝かしました。
グズッていったので
倒れるように寝ながら
ガラガラだけ振り回してあやしながら寝ていると
あまりの現状に見かねた妻の勧めに従い
少し寝ることにしました。
「お風呂の時間まで寝るね。」と言い
一時間くらいはあるなと思いベッドに入りました。
(時間は8時でした。お風呂の時間は9時。
その後、ミルクをあげて10時までに寝かす。
うちの家の就寝時間は、だいたい10時半。)

お風呂に入れないという
強い思いともに起きると
もう朝でした。

疲れていたのか
そのまま朝まで眠ってしまったようです。
こういうことが月に一回ぐらいあります。
妻は勝手にこのことを朝までコースと呼んでいます。
休みもないのが現実なのでしょうがないかなと思います。
神様も7日目にやすまれたし、休息は大事だなと思う。


 マタイ26:41 誘惑に陥らないように、目をさまして、祈っていなさい。心は燃えていても、肉体は弱いのです。」


肉体は弱いものです。
だからこそ、もっと心を燃やし肉体を従わせ、
目を覚ますべき時に、まどろまないように堅く信仰に立たなければ。

目を覚ますと
寝相の悪い娘と妻が
(前に夜中に横で寝ているはずの妻がいないので、床に落ちたのかと思って焦って探すと
ベッドと壁の隙間に挟まって寝ていた時には笑った。)
同じ格好をして寝ている。
たぶん、昨日疲れて寝ている私を起こさずに
大変なのに一人でお風呂に入れてくれたのだろうと思い、妻に感謝。
そして、弁当をつくってくれていたので、それにも感謝。

 エペソ4:
2 謙遜と柔和の限りを尽くし、寛容を示し、愛をもって互いに忍び合い、
3 平和のきずなで結ばれて御霊の一致を熱心に保ちなさい。

2012年5月12日土曜日

おフロ


家に帰って、
「ただいま~。」と言う。
すると
妻が
「おかえり。」と言う。
日常の当たり前の会話ですが
なにか安らぎを感じます。
その存在、
居てくれるだけで
感謝を感じます。

最近は、
それに加え
娘が満面の笑みで
迎えてくれるようになっりました。
帰ってくると
顔を口だらけにして
微笑みかけてくれます。
(たぶん、私の顔は、細い目が糸みたいになり、
とろけるばかりにだらしない顔になっていると思います。)

家族とは素晴らしいものだとお思います。


 エペソ2:
18 私たちは、このキリストによって、両者ともに一つの御霊において、父のみもとに近づくことができるのです。
19 こういうわけで、あなたがたは、もはや他国人でも寄留者でもなく、今は聖徒たちと同じ国民であり、神の家族なのです。


キリストによって今、
私達は家族であるということは
本当に素晴らしいことだと思います。
神の家族としてくださり
教会の家族、
私達がその一員とさせていただいた。
その家族が増えていっていることは
喜ばしいことだと感謝です。
そして、その中にあって
喜びを放つものとなりたいと思います。

そろそろ娘の首も座ってきたので
私がお風呂に入れることになりました。
(雑な私より、首が座るまでは妻がいれた方が良いのでは、とのことでした。)

今までは、
先に妻に入ってもらい
その間に私が娘を
あやしているのですが
この間いつもグズッってワンワンなくので大変です。
なんとかそれをなだめ
妻が洗い終わったらお風呂に連れ行き渡します。
ホッとするのも束の間
すぐに出てくるで、
タオルを用意して待ちかまえます。
出来立てホヤホヤの湯気をあげるツキたてのモチのような娘を
受け取りタオルで包みベッドに寝かせます。
「わたし、おフロ入りましてん。」とばかりにご満悦の顔の娘を
丁寧に吹いてあげ天花粉をつけてあげます。
(天花粉をつけるのをよく忘れてオムツと服を着せてしまい、再度脱がすことが度々です。)
そうこうしてると妻が出てくるのでバトンタッチです。

今週からは
私が娘のお風呂を入れるようになりました。

急いで自分を洗い
娘を受取ります。
いつもと勝手が違うので少し不安そうです。
「今日から一緒に入ろうね。」と言うと娘は二ヤリと笑いました。
ガーゼをお湯に濡らし拭いてあげた後、
石鹸をつけて拭き、またガーゼでお湯を濡らし拭きとってあげます。
私なりセイイッパイ、丁寧にしてあげました。
頭を洗う頃、少し泣きはじめました。
「ヘタクソで、ごめんね。」と言いながら
なんとか洗い終わりました。
少しベソをかいている娘を
抱きながら湯ぶねに入れたげました。
そうすると
泣いていたのが嘘みたいに大喜びです。
お風呂の中で手足をバタバタさせながら
声を出しながら大笑いしています。
10秒数えたり、賛美を歌うとそれに合わせて
喜んで笑っています。

これはカワイイ。
私はそのままお湯の中に溶けていくいくんじゃないかと思うほど
デレデレになってしまいました。


マルコ 1:
10 そして、水の中から上がられると、すぐそのとき、天が裂けて御霊が鳩のように自分の上に下られるのを、ご覧になった。
11 そして天から声がした。「あなたは、わたしの愛する子、わたしはあなたを喜ぶ。」


神様もそんな風にイエス様を見てたのかなと少し思いました。
そのイエス様が十字架に掛かられる時、
どんな気持ちだったのか
計りしることはできません。
人知を超えた神の愛を感謝します。


ヨハネ 3:16 神は、実に、そのひとり子をお与えになったほどに、世を愛された。それは御子を信じる者が、ひとりとして滅びることなく、永遠のいのちを持つためである。


2012年5月9日水曜日

水曜祈祷会

今日の水曜祈祷会は、

ヘブル11:1から

確信する信仰

と題してメッセージさせていただきます。


ヘブル 11:1 信仰は望んでいる事がらを保証し、目に見えないものを確信させるものです。

2012年5月8日火曜日

ゴールデンウィーク

今年のゴールデンウィークは、
特別集会づくしでした。

シンガポールから先生を迎えて
特別集会を開きましたが
とても素晴らしいものとなりました。

新しい伝道師先生、
新しい通訳者の誕生と
新しく加えられた奉仕者、
新しく集められる教会員と
これからの飛躍をひしひしと感じる
良いものとなりました。

本当に遠くからこられる方も多く
全国から集まり
遠い道のりを来ただけ
良いものを持って
帰えられたように思います。


イザヤ60:
2 見よ。やみが地をおおい、暗やみが諸国の民をおおっている。しかし、あなたの上には主が輝き、その栄光があなたの上に現われる。
3 国々はあなたの光のうちに歩み、王たちはあなたの輝きに照らされて歩む。
4 目を上げて、あたりを見よ。彼らはみな集まって、あなたのもとに来る。あなたの息子たちは遠くから来、娘たちはわきに抱かれて来る。
 5 そのとき、あなたはこれを見て、晴れやかになり、心は震えて、喜ぶ。海の富はあなたのところに移され、国々の財宝はあなたのものとなるからだ。


集会中に
個人預言もあり
その中で癒される人、
道を示される人や
励まされる人
とても恵みの時となり
感謝でした。

先生は
メッセージを語った後に
預言もされ
何時間もぶっ通しで
主の働きをされているので
本当に頭が下がりました。
(通訳者も初めてなのに3日間続けて何時間も大変だったと思います。主の祝福を。)
一回メッセージしただけで
ヘロヘロになってるようではと
さらなる飛躍と成長が示されました。


申命記15:10 必ず彼に与えなさい。また与えるとき、心に未練を持ってはならない。このことのために、あなたの神、主は、あなたのすべての働きと手のわざを祝福してくださる。


本当に素晴らしい霊的なミニストリー(預言)をしてくださり
その人の問題をあらかじめ知っているようにアドバイスし
励ましてくださいました。
あまりにすごいので
牧師先生か私が先に
先生に伝えてるんじゃないかと思われないかと心配するぐらいでした。
通訳者はそんなことをしていないのをよく知っているでしょう。
またそんな時間もありませんでした。
事実、
牧師先生と私は関西空港まで
迎えに行ったのですが
英語が苦手な私達は
二時間位の間に
2,3言しか会話を交わさず、
送迎中の車内は沈黙が続いてました。(時間が長く感じました。笑。)
こういうのは、
昔、疑い深い私は
自分の問題を言い当てられると
牧師先生が先に言ってたんだろうと思っていたからです。
集会中そんな暇も時間もないんですけどね。

来てくださった方たちは
昔の私のようではないので
心配は無用に思いますが。



Ⅰ列王記8:39
 あなたご自身が、あなたの御住まいの所である天で聞いて、赦し、またかなえてください。ひとりひとりに、そのすべての生き方にしたがって報いてください。あなたはその心を知っておられます。あなただけがすべての人の子の心を知っておられるからです。

2012年5月2日水曜日

水曜礼拝

今日の
水曜礼拝は、

ヘブル4:7から

御声を聞く

と題してメッセージさせていただきます。


ヘブル4:7
 神は再びある日を「きょう。」と定めて、長い年月の後に、前に言われたと同じように、ダビデを通して、「きょう、もし御声を聞くならば、あなたがたの心をかたくなにしてはならない。」と語られたのです。

2012年5月1日火曜日

竹の子


昨日の祝日は
京都の神の家族のもとへ
タケノコ掘りに行きました。


エペソ2:19
 こういうわけで、あなたがたは、もはや他国人でも寄留者でもなく、今は聖徒たちと同じ国民であり、神の家族なのです。


ぶどう狩りや
なし狩り何かはよく聞く中で
タケノコ刈りの体験はなかなか
したいと思っても
出来るもんじゃないと
思うので本当に感謝でした。
(特に、~狩りマニアの妻は終始おおはしゃぎでした。
みんなと別れてからも楽しかったと
うるさいくらい言っていました。)

当初、
車4台で行くはずでしたが、
4日後(5/4,5,6)に教会で
シンガポールから先生をお招きして特別集会があることもあり
人数も減り
車2台で行くことになりました。

第二京阪が出来てから
スムーズに京都に行けるようになり
1時間足らずで到着しました。

着いて
みんなで
お花のいい香りのする中
礼拝をしました。
家の中から
ピアノで伴奏してもらい
外でみんなで賛美を歌い
先生のお話を聞きお祈りしました。


その後、

焼きそばに
(焦げ目を付けてカリカリで美味しかったです。)

餃子に
 (有名なうつのみや餃子)






お好み焼きや
(山芋が入っているみたいでフワフワでした。
姉妹の旦那さんが器用にひっくり返してくれました。
不器用な私は思わず拍手してしまいました。)
たけのことわかめの料理(めちゃめちゃ柔かくて食べ出すと止まりませんでした。)
とれたばかりのアスパラやホウレンソウと
(もうお腹が苦しくても入る新鮮さ。スーパーの野菜とはひと味もふた味も違いました。)
ピザとお腹一杯になりました。

朝、準備しているとき
太って昔の服が着れなくてダイエットを強く再決意した私は
どこへやら
大幅に食べ過ぎ
お腹が飛び出て転がりそうでした。
走るのと痩せているのだけが取り柄だったのは
遠い日々、
今は、お腹の出っ張りを
娘が、ちょうどいいと言わんばかりに枕にして
私に抱かれて眠っています。

お昼から
本命のタケノコ掘りです。
近くですが山を登りむかいます。
急な道なので
お年をめしたお母さんは、
車で連れていってもらっていました。
スレ違いながら笑いながら手を降ってくれるのですが
その様子がなんとも上品で皇后さまみたいで
少しおかしくて、みんなで笑いました。

タケノコが掘りたくてしょうがない
妻にかわり私は子守に専念しました。

大きいタケノコが取れました。
無理やりタケノコと比べられて
泣き叫んでます。
7kgある我が子と比べると
大きさがわかると思います。

その後、
竹の子ではなく
うちの子を
カゴに入れてみました。
本人の意思とは無関係に入れられ
そうとう不機嫌ですごい顔をなってます。
トラウマにならないことを願います。



大きくなって、この写真が見つかった時には
タケノコのようにすくすく早く大きく育つように願いを込めてカゴに入れたんだよ という
よくわからない言い訳を言おうと思います。

とにかく
みんなが一生懸命掘ったのでたくさん取れました。
姉妹の旦那さんが
大活躍しており
今、教会は女性陣が多いのですが
男性のパワーも必要だなと
あらためて実感しました。
お祈りの課題が与えられました。


マタイ9:37 そのとき、弟子たちに言われた。「収穫は多いが、働き手が少ない。
 38 だから、収穫の主に、収穫のために働き手を送ってくださるように祈りなさい。」


ご迷惑ばかりかけたように思いますが
至れり尽くせりで
楽しく収穫させてもらいました。
収穫するためには大変な労力が必要なのに
楽しい収穫だけをさせていただいて本当にありがたかったです。

そういえば
新鮮でなければ
中々食べれられない
タケノコの刺身を
食べさせてもらいました。
 皮をむいて

スライスして
数分ほど
茹でる。

だし醤油で食べる。

激ウマでした。




沢山綺麗な花を見せていただきました。












ルカ 12:27 ゆりの花のことを考えてみなさい。どうして育つのか。紡ぎもせず、織りもしないのです。しかし、わたしはあなたがたに言います。栄華を窮めたソロモンでさえ、このような花の一つほどにも着飾ってはいませんでした。